フクジュソウ  2月25日


1月には固い蕾だったのが、見違える艶やかさで咲いている。想像していたよりも大きな花で、陽を真正面に浴びているのに花弁の黄は柔らかだ。「黄泉還り陽の暖かき福寿草」ランニングハイ。

大野晋さんの「日本語の文法を考える」を読み返す。
言語の本質をコミュニケーションに求める。未知のことを伝えれば足りるのだとする。だから客体のもの・ことが聞き手にとっての既知か未知が重要なのだ。
「は」と「が」の問題をそこから説き、「は」は聞き手にとって既知のもの・ことと未知・既知のもの・こととの関係を話し手の主体的な認識として表現するものだと説明する。
だから「は」は格を提示するものではなく、題目として提示する。「このネズミはネコは食べない」は面白い例題だ。確かに英文で言う主語・目的語の別を「は」は提示していない。
これに対して「が」は聞き手にとって未知のもの・ことを条件とする未知・既知のもの・ことを全体として聞き手の未知の情報として提示する。これも格助詞としては説明しないのが興味深い。その例として「自分が建てた家」を話し手に新しい情報として提示する、家に対する条件として表現していると解釈するのだ。普通は格助詞として理解すると思うが暗にそうではないと言っているようだ。
三浦さんの本を読んでから改めて読むと、以前、読んだ時とは違う理解になっているようだ。

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