ヤブツバキ白


2月25日撮影。椿は古代から鑑賞されていたようだ。照葉樹林文化圏の代表的な植物だろう。そう言えば、三輪山麓の海石榴市の名の由来は椿の林から来ているとされている。木灰から紫の染料に使われたり、ツバキ油も古くから行われていた。少しずつ違うらしく、2月21日のヤブツバキともおしべの様子が違っている。「早春の椿や白き朝の径」

「日本語の文法を考える」
もともと「が」と「の」は、「君が為」「君の為」など良く似た使われ方をしていた。「が」はウチなる関係の人を条件とする体言を表現し、「の」はソトなる関係の人または一般的な物を条件とするのが原義らしい。「が」がソトの人間に接続する場合、その人間を馬鹿にした表現になると言う。そう言われて初めて、主体と客体との関係をもあらわしていることが分かり、助詞が主体的表現であることが納得できる。
「が」の使われ方の歴史を丁寧にたどることで、東西の力関係が鎌倉時代に変化したことが分かると言う。奈良時代から東国では「が」の利用が際立っていた。下克上とともに、相手を低く見て言う「が」の使用が大和にも急増したのだと言う。

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