ラン&スイム


写真は、カタクリ&ユキワリイチゲ3月21日自然教育園にて。午前中は近所を散歩、夕方はジムでいつものルーチン。自然教育園入り口のソメイヨシノが今にもほころびかけてきた。週末には咲くのだろう。ニリンソウ、アマナ、シキミ、ウグイスカズラ、、、次々にいろんな花が咲いてゆく。これからは毎週新しい花が見られそう。もう終わりそうなユキワリイチゲの群生にカタクリが混ざって咲いている。ごくうす紫のユキワリイチゲは少し輝きがあって、濃いカタクリを照らしている。「かたかごの花やイチゲに色映し」
ラン: キロ6分で60分。9kmから500mはキロ3分40秒。
スイム: 1000m約25分。

「日本語をさかのぼる」
語の意味の変化のパタン化を試みている。具体的な語から抽象語へ、形式語へと変わるのもその典型だ。「使い古された言葉」がきらいなのだろう。
「モノ」は元から物体指していた。それが時間的経過に変化しない存在する総てを表すようになって、時間的経過に変化する「コト」とならぶ重要な抽象概念の一つとなっている。言葉も法則もみんな「モノ」として表現できる便利な語だ。邪気を指せば「もののけ」になる。「モノス」なる言葉も生んで、あらゆる動作を婉曲にあいまいに表現する宮廷女流文学に頻出する。一人清少納言だけは批判精神の持ち主だったのだろう、モノスをほとんど使わなかったらしい。
ついには、何となく何かがある漢字を形式的に表現する接頭語的な使われ方もされる。ものぐるおし、ものうし、ものうらめし、、、、。
「者」は平安初期「ヒト」と訓されていた。人をモノと呼ぶとき、人以下の物として見下げる意識が働いている。だからワルモノ、シレモノ、ワカモノ、ナマケモノなどに使われる。「ランニングハイと申すモノです」と言う時のモノは、謙譲の表現なのだと言う。

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