カイドウ


3月27日、目黒駅途中の小さな公園横のお宅の庭にて。まだ一輪しか咲いてないが、待ちきれずアップしてしまった。庭園美術館前のカイドウも、今にも咲きそうにつぼみが大きく膨らんでいる。玄宗皇帝が楊貴妃の眠っている姿に例えた花と言う。艶やかで好きな花の一つだ。「カイドウの一瞥にして香の残り」

「日本語をさかのぼる」
神はもと「カム」だったと分かっても語源は不明だ。どう言う概念であったかを推定すると姿無き恐ろしきもので、祭り上げ、祈る対象だったと言う。まさに触らぬ神に祟りなしなのだろう。大野さんは、仏教が入ってくるまで、宗教的な意味で救いを持たない民族だったと推定する。神は仏の現世での仮の姿である、仏は衆生を救う、となって徐々に神仏が恐いものではなくなった。それでもやっぱり、日本人の大部分は古代以来、信仰に救いを求めることを知らずに行き渡って来たのではないか、と締め括くっている。

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