ギボウシ


6月15日、高速高架下にて。深山に自生していると言う。それを読んだら、いつか山の中で見た記憶が甦ってきた。あれはどこだったろうか。「日暮れかけ楚々と語らう秋法師」

「記紀の考古学」
大和大国魂神社は倭直の祖が祭った。イワレヒコの東征に海導者として従ってきたとされ、豊後の海人と認識されていた。大和においても造船と航海の技術者として扱われている。最初、倭大国魂神を祭ることを任じられたヌナキイリヒメは尾張の流れを汲む。尾張には海部が設置されもしている。豊後、大和、尾張と連なる海の氏族があったようだ。記紀の語るこの系譜を、考古学の知見で細かく裏付けをしている。

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