三鷹の住宅街にて


9月4日。晴れていても吹く風は涼しくて歩いて気持ち良い。

「日本語の真実」
日本語には仮定法がないと言う。そう言われれば、英語の仮定法を習った時の違和感を思い出す。言霊の支配する世界では、そんないい加減な物言いはできない。
それが議論下手の一要因だと言うのは納得できるような気がする。議論は仮定の話の積み上げがなければ、客観的たり得ない。もし、例えば、仮に、、、いくら前置きしようと、続く言葉が気に食わなければ嫌な気分になってしまう。
古代の日本語には形容詞文には否定形がなかった。これは仏典を学ぶ中で克服されたと言う。仮定法も、いつか成立するだろうか。

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