オトメツバキ


2月24日、近所のお宅。

「大化の改新の謎」
中臣鎌足が滅びた百済の王子だったとすると白村江の戦いに駆り出した張本人だったに違いない。集権的な大王が続いた後、蘇我を中心とする豪族連合が改革を進めていた。その朝廷の要人を次々に暗殺しながら、復古的な地歩を固めて行く。入鹿を暗殺した大化の改新がその始まりであった。天智の即位はその確立を意味する。天智の死後、壬申の乱に勝利することで天武天皇が豪族連合による巻き返しをするが、その死後、再び天智系の時代となり藤原氏の天下となった。藤原氏が中臣鎌足、藤原不比等の代の暗殺・謀略の亡霊に怯えるように見えるのは故なしとしない。法隆寺は怨霊封じ込めのため、藤原氏に大切にされる。

広告