ランニング


快晴の朝。いかにもゴールデンウィークの空。初夏の陽射しは朝から厳しい。日焼け覚悟で走る。やっぱり暑いのはきついようだ。帰りは気力喪失気味。
写真は4月24日、駅に向かう道にて。

ラン: 皇居往復、皇居3周、25km。
内転筋を使う走り。昨日の疲労残りで腰が硬く、歩幅が広がらない。あいかわらずスピードは上がらない。どうも上体に頼り過ぎているようで背中が痛む。上体をリラックスして走れるようになると良いのだろう。

「倭人伝を徹底して読む」

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ラン&スイムレッスン20070428メニュー


お昼を食べ終わったころ雷雨。外は走れないと諦めて昼寝をしているうちに通り過ぎたようだった。走り始めると寒いくらいで、湿度も高いし走り易い。連休のせいか、雨上がりのためか、車も人通りも少なく街は静か。皇居の回りも心なしかいつもより暗く感じる。
写真はオドリコソウ、4月22日自然教育園にて。

スイムレッスン:
バック: 
ウォームアップ ブレスト25mx2本、バック25mx2本。
伏し浮き25mキック25m 4本。
コンビネーション 25mx2本。
後ろ歩きでかきのフォーム作り
コンビネーション 25mx4本。頭を動かさない。入水後早くに肩を深くに入れる。
クロール:
コンビネーション 50m。
板なしキック 50mx2本。
板を使ったローリング練習 25mx4本。
リカバリの肩をロックさせてから入水するタッチクロール 25mx4本。かきが弱い、強くかくように指示。
バタフライ:
キック 25mx4本。背中を絞るようにすると進みが良い。
リカバリの練習 25mx4本。キックを使わず、背中を絞るようにリカバリ、肘を落とさないようにかく。
コンビネーション 25mx4本。

ラン: 皇居往復、皇居3周、25km。
内転筋を使った走り。腰・脚を伸ばした走りができてきた。腰の筋肉も少し柔らかく使える。長く走るのに良さそう。

「倭人伝を徹底して読む」

タンポポ綿毛


4月24日池田山公園にて。風の吹く寸前に。

古田武彦「倭人伝を徹底して読む」
倭人伝、イジン伝と読むのかもしれない。
紀元前1000年頃周代に書かれた礼記に「東方、夷と曰。被髪文身、火食せざる者あり」とある。倭人のことかもしれない。同じ頃の尚書に「島夷、皮服す」とある。その注釈「海曲、之を島と謂う。島に居るの夷」、さらに後の注「島は是れ、海中の山」。同書、周公の言葉「海隅、日を出だす。卒俾せざるなし」。
紀元直後の後漢初頭に書かれた論衡に「周の時、天下太平、越裳白雉を献じ、倭人鬯草を貢す」。同書、「成王の時、越常、雉を献じ、倭人暢を貢す」とある。
漢書「楽浪海中、倭人有り、分かれて百余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う」。また同書「会稽海外、東鯷人有り、分かれて二十余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う。」
この倭人は全て同じはずだとする。東鯷人は倭人の東に住む別種族と認識されていたのだろう。

ジャスミン


4月24日花の小公園。まだ2輪、咲き始め。以前はなかったので最近植えられたよう。
昨日のランニングの疲労は特に感じない。20kmと25kmの差が大きいのだろうか。土日の2日連続がきついのだろうか。何しろ100km走る足はできつつあるのだろうか。

「古代史の窓」
磐井、聖なる山高良山の麓にある。磐井はそこに都をおいたに違いない。古代の地域王権はどこも聖なる山と聖なる泉がセットであったらしい。三輪山の麓にも磐井がある。平将門も石井に本拠をおいて新皇と名乗った。新しくは平泉の藤原氏も磐井郡平泉に都した。

ランニング


ケキツネノボタン、4月23日池田山公園にて。名前が可愛くて気に入っている。自然教育園ではもう終わってしまっていたのだが。
霧雨が降る中を走りだしたら体温が上がらず気持ち良い。いつの間にか雨がうれしい季節になっている。昨年の北海道マラソンの前の練習の暑さを思い出してしまったが、今年は6月いっぱいなので練習はそんなに苦しくないはず。いつも立ち寄るコンビニの店員さんと話をするようになった。なじみになっても不思議じゃないくらい通っているか。楽しく走れる。

ラン: 皇居往復、皇居2周、20km。
皇居2周目は快調。蹴り脚が随分伸びるようになって来た気がする。一昨年転んで痛めた大腿骨の辺りが硬くなっていたのがようやくほぐれてきたのかもしれない。怪我の後遺症は長く尾を引くようだ。

「古代史の窓」
漢の時代にも中国と日本の人の交流は活発だった。正史に記録されているのはその中のほんの一部。時として1000人オーダの人の行き来があった。弥生時代後期の100年代、倭の大乱では中国に逃れた勢力もあったろう。77年に発見された「倭人字磚」はそれを語るものとする。魏の太祖曹操の先祖の墓から出たもので、倭人とのつながりの深さを想像させる。

ホウチャクソウ


4月22日自然教育園にて。

森浩一さん「古代史の窓」
何度目かの読み直し。読書百遍、ではないが、知識が繋がってきて読みながらいろいろ考えられるようになってきた。
考古学の方法論について語っているあたりは、何度読んでも納得感がある。遺跡の観光開発が地域振興に結びつく一方で、遺跡破壊にもつながり痛し痒しとも言う。
15万もの古墳のうち被葬者を特定できるのは10とか20しかない。継体-磐井戦争の当事者と継体の妻の一人の親の古墳は被葬者がそれぞれほぼ確定している稀有な例。

モッコウバラ


4月22日、ねむの木の庭にて。ゲートのアーチに架かっていて気品がある。棘がないのも良い。
やや筋肉痛。先週ほどではないところをみると土日各25kmに慣れてきたようだ。

「語っておきたい古代史」
鬼界カルディラは紀元前4300年ころ大爆発を起こした。その火山灰は福岡・長崎・佐賀を除く九州を覆い、そこは弥生時代も畑作地帯だった。それが熊襲の国だったのではないか。中国の江南地方と直接の交流を持っていた可能性がある。卑弥呼と対立した狗奴国に重なる。継体の時代、磐井がいたのもこの地域になる。磐井は戦いに敗れて領土の一部を謙譲したとは言え、九州が継体に支配されたわけではない。磐井とは別の勢力と思われる地域の前方後円墳が大型化した。