コデマリ


4月9日、近所のお宅。バラ科はやや意外。

「古代史を解く九つの謎」
加羅諸国は562年に滅亡する。それまで、倭人の権益があり軍事的関与も相当あった。しかしそれは統一王朝による統一支配ではなかったろうとする。有力豪族が個別、勝手に行き来していたのではないか。
筆者は邪馬台国東遷説を採る。東遷後まもなく、祭祀王朝だったものが武力王朝に取って替わられた。前者は大和の王権。後者は5世紀、河内に基盤を作る。この王権が国内統一を成し遂げるが、巨大古墳造営で国力を疲弊し、越・近江の王権に取って代わられる。
埼玉県稲荷山古墳の鉄剣は471年に作られた。その銘には河内の統一王権の大王ワカタケルの支配を助けたとある。宋書は倭の5王の最後の武に百済の王に次ぐ位階を与え、半島の支配権を認めている。

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