サルビアコクネシア


6月21日花の小公園。

「コメを選んだ日本の歴史」
現在では温帯ジャポニカ種の起源は長江下流河姆渡と考えられている。栽培種と野生種が混じって出土するからである。以前は雲南・アッサムと考えられており照葉樹林文化を育んだ。これはインディカ種の起源かもしれない。熱帯ジャポニカ種は温帯ジャポニカ種に近いがインディカ種との交配かもしれない。縄文のコメはこちらではないか。
温帯ジャポニカを食するのは長江北部、朝鮮半島、日本と極めて限られた地域である。水田稲作にしか適応しないこともあり、コメ文化の中ではマイナーな存在である。
水田稲作によって生産余剰が生じ、集団間の戦争、弥生の戦争の起因となった。また、社会的分業が進み、富の偏在は階級の分化を促し、クニが誕生する。
巻向遺跡が発掘され、ここが邪馬台国であるとの説が主流になった。箸墓古墳は卑弥呼の墓と考える説が多くの支持を集めている。

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